趣味/山でカブト虫を採ること 血液型/B型


私は、和歌山県田辺市に生まれました。
小さな頃から人見知りしない子供で、特に大人同士の世間話を聞く事が大好きな、ちょっとかわった子供でした。
父、幸−は「頑張りやのガンさん」と呼ばれるほどの仕事一筋男、母も働きもので私はそんな両親の背中を見ながら育ちました。

小さい頃は、和歌山県田辺市の大自然の中で、毎日のように魚を釣り、カブト虫やクワカタ採りに夢中で、勉強もせずに友達と遊びに明け暮れていました。
よく母親に、釣った魚をお造りにしてくれといっては困らせていました。

松下電器のサラリーマン時代に、私の恩師である佐々木勇作社長に出会い、滋賀総合住宅という不動産会社に入社しました。
しかし、自分では営業にむいていると思っていたものの、まったく売れない時期が2年間続きました。給料は完全歩合だったので、生活が出来ない程、厳しい時代でした。
しかし、年中無休、一日17時間の労働がようやく芽を結んだのか、入社して2年、はじめてお客様から新築のご依頼を受ける事ができました。
その時、お客様に何故ご契約頂けたのかを尋ねると、
「何を言いたいのか解りにくかったが、本気で私たちの役に立ちたいという想いと、この人は人をだます人ではないという事を夫婦で判断したからよ」
と言われました。
その日から、お客様にどの様な提案をすれば喜んでいただけるのかを心の底から考え、感動を与えられるような接客を目指し、不動産・住宅の営業企画に全身全霊を注ぐ日々がはじまりました。

創業時の社員は私を含め3人での創業でした。昼間は地主様に販売依頼を頂く為に、夜は買主様を求めて一軒づつお客様のお宅に訪問させて頂く日々でした。
やっと販売依頼を頂いた時は、パートさんと一緒に、少しでもお客様に分りやすくするためにカマとチェーンソーで徹底的に革刈をしました。
あの炎天下に流した汗は生涯忘れる事はないでしょう。
しかし、そんな事もお客様の幸せそうな笑顔でふっとんでしまいます。お客様の最高の幸せ!その幸せの花を咲かせる事こそ、私の生きる源泉なのです。
その後、滋賀県の地域の皆様に育てていただき、創業も十数年を迎える事か出来ました。
私の自慢は、今でも創業当時に新築をこ購入頂いたお客様が笑顔で手を振って気持ちよくご挨拶が出来る事です。
決して、売上や地域を拡大なとの、大きさだけを求めていくのではなく、常にお客様の喜びと最高の幸せを手にしていただく事か我々びわこホームマンか最高の幸せを感じる瞬間なのです。
将来のビジョンは
「日本−お客様に愛され親しまれる企業になる」「日本一強い企業になる」です。
日本一強い企業になり、未来永劫お客様のお役に立つ事を貫き通すことをお約束いたします。







